物理化学
複雑な反応機構・触媒作用
素反応から速度則を組み立てる方法、定常状態・律速段近似、連鎖反応、そして触媒が別経路を開く仕組み。
直観直観:一つの式の下に隠れた多くの段階
平衡反応式は領収書であってレシピではない。ほとんどの反応は素反応の連鎖として進み、どれかが十分遅ければ全体を律速する。触媒は同じ正味の変換への別の安い経路を供する。中間体の生成と消滅、各種への速度の依存を観察することが、隠れた機構の再構成法である。
学校基礎:素反応と律速段階
定義: 素反応と反応機構
素反応は一つの衝突・結合組換えという単一の微視的事象であり、その速度則は分子性から直接書ける。機構とは、和を取ると総括式を再現する素反応の集合である。最も遅い必須の段階(律速段)が全体の速度を決め、観測される次数を課す。
機構を予測に変える標準道具は三つ。律速段階の考え方はそれ以前の段を速い平衡とみなす。定常状態近似は低濃度の中間体をほぼ一定とみなし、生成と消費が釣り合うとする。連鎖機構では担体が自己再生するため、わずかな開始剤で多数のサイクルが回り、停止段が担体を破壊する。
気相単分子反応のリンデマン–ヒンシェルウッド機構では、分子はまず衝突で励起され(A + M ⇌ A + M)、励起分子 A は反応(k₂)するか衝突で失活(k₋₁M)する。上の定常状態速度則は実験の謎を説明する。高圧では一次(励起分子はほぼ全て反応)、低圧では二次(励起衝突がボトルネック)となる。
例: 律速段階の計算
2NO₂Cl → 2NO₂ + Cl₂ の機構として (1) NO₂Cl ⇌ NO₂ + Cl(速い平衡、K₁)、(2) Cl + NO₂Cl → NO₂ + Cl₂(遅い、k₂)が提案された。速度則を予想する。
解答
律速段より v = k₂[Cl][NO₂Cl]。速い平衡から [Cl] = K₁[NO₂Cl]/[NO₂] なので v = k₂K₁[NO₂Cl]²/[NO₂]:基質に二次、生成物 NO₂ に −1 次という異常な速度則になり、多段階機構でしか生じえない。実測値と一致する。
大学大学:触媒は実効障壁を下げる
触媒は活性化自由エネルギーの低い経路を開いて正逆反応を同程度に速める。サイクルごとに再生されるため化学量論には現れず、K を変えられない。均一系触媒(酵素・有機金属錯体)は同じ相にあり、シミュレーションの触媒サイクルは基質結合・変換・生成物放出を繰り返す。不均一系触媒は表面で働き、自己触媒では生成物自体が触媒となって S 字の転化曲線を生じる。
酵素反応速度論は最も身近な定常状態機構で、E + S ⇌ ES → E + P と表す。[S] が低いと速度は基質と酵素に比例し、飽和では全酵素が占有されて v_max = k_cat[E] に達する(基質に対し零次)。炭酸脱水素酵素やカタラーゼではターンオーバー数 k_cat が 10⁵–10⁷ s⁻¹ に達する。
例: 速度比から実効障壁を求める
触媒が 300 K で反応を 10⁶ 倍速め、前指数因子が同じとする。活性化自由エネルギーはどれだけ下がるか。
解答
k_cat/k = exp(ΔΔG‡/RT) = 10⁶ より ΔΔG‡ = RT ln 10⁶ = 8.314 × 300 × 13.8 ≈ 34.5 kJ mol⁻¹。わずか 35 kJ mol⁻¹ の障壁低下が百万倍の速度をもたらす。これが触媒作用の算数である。
上級発展:選択性・振動・ネットワーク
触媒の要点は速さと同じくらい選択性である。最良の触媒は副生成物より目的物への障壁をより下げる。これがサバティエの原理(中間体は弱すぎず強すぎず結合する)が触媒設計を組織する理由である。動力学的ネットワークは美しくも逸脱する。自己触媒とフィードバックをもつベロウソフ–ジャボチンスキー反応は振動し伝播する波面を作る。定常状態の近くでは小さなパラメータ変化が支配経路を一変させうる。
研究研究最前線
参考文献
- Chemical Kinetics · K. J. Laidler, 1987
- Discussion on “The Radiation Theory of Chemical Action” · F. A. Lindemann et al., 1922
- Fundamental Concepts in Heterogeneous Catalysis · J. K. Nørskov, F. Studt, F. Abild-Pedersen, T. Bligaard, 2014